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2006年11月19日

福岡市長選挙で新人の吉田宏さん当選

 福岡市長選挙の投開票が行われ、新人の元西日本新聞の編集委員・吉田宏さんが、現職で3期目を狙った山崎広太郎さんを破り、初当選を果たしました。
 私は吉田事務所の代表インタビューを担当しました。福岡市政記者クラブに所属するテレビ局の幹事社2局のうちのひとつがTVQで、吉田事務所を担当しました。そこで、当選直後の代表インタビューをすることになったということです。野球のヒーローインタビューでなれているとはいえ、何度やっても選挙当選後の代表インンタビューは独特の緊張感を感じます。生放送で他の局の放送に出ることになるので、過不足なく質問をしていかなくてはなりません。吉田さんは私の質問の意図をしっかりと感じ取り、少数与党になる議会運営の困難さについてもしっかりと答えてくれました。
 その後、各社ごとにインタビューでは、是非聞きたいと思っていた質問がありました。「元新聞記者として、今回の選挙をどのような見出しをつけられますか?」吉田さんは、意外な質問とにやりとされて、一瞬考えた後、「市民は変化を選択…かな」と答えてくれました。市長が変わると、どう市政が変わるのか?吉田さんの活躍に期待します。

2006年11月18日

求められる首長像

 かつては「夜逃げの町」「人の住めない町」と言われた過疎の町、宮崎県綾町ー昭和41年、町長になったばかりの郷田實さんは、自然林伐採の計画を持ち込まれ、短期的な伐採・植林による雇用効果を選ぶか、長期的な自然保存を選ぶかを迫られます。郷田さんは、世界一の歩道吊橋をつくり、保存による照葉樹林都市を目指すことを選択し、結果、年間120万人を集めるようになります。農業は「一坪菜園運動」でまずは自給自足、そして残りをよその町に売る、それもほかとの差別化のために当時では珍しい有機野菜をまちを挙げて作らせる、山からの名水は雲海酒造を町に呼び込みます。
 さらに、住民の過剰な寄りかかりをニーズとして応えることが本当に住民のためになるのかと疑問を持った郷田さんは自治公民館運動を展開し、地域のことは地域で決める全員参加のまちづくりに向かわせました。たとえば、道路拡張の要請では土地買収で多大な労力を要しますが、地域住民で意見をそれなりにまとめられないのか?住民を問題解決の主体者へと変えていきました。
 郷田さんは「行政の役割は、住民ニーズに応えるよりも、むしろトレンド(方向・近未来像)を示すことが大切で、豊かな生活の出来る場を、住民自らが作り出すよう自治の心を支援していくことではないでしょうか。と著書『結の心』で述べられています。夜逃げの町が年間120万人が訪れる町へ・・・綾町の奇跡は示していると思います。財政難身動きが取れないとほとんどの自治体は、住民ニーズに応えるためと合併をしていきましたが、24年間の郷田町政を継承した綾町は合併をしない道を選択しました。

2006年11月17日

テレビの存在感

 売れ筋は37型以上です、家電量販店では、薄型テレビが林立して歳末商戦の主役となっています。
去年の主流32・37型はすでに中画面となり、技術が進んだ液晶テレビはさらに大型化へ、大型を得意としたプラズマとの価格競争が激化しています。
 九州経済調査協会の縄田真澄さんは、思った以上の価格の下落で、メーカーは収益を上げるために大型化をはかり、さらに収益を設備投資につぎ込んでいると話しています。
 ところで、世界のプラズマディスプレイの生産量は日本と韓国が半々で、約15%は九州で作られています。これは、もともと生産基盤のある半導体生産の技術が、フラットパネル加工の微細技術を応用することができ、年々減少している半導体生産が薄型テレビ産業へとシフトしている背景があるといいます。
 世界全体の薄型テレビはまだ6%で、残りはブラウン管と考えれば、その潜在的な市場性は大きく、九州の存在感が大きくなることが期待され、まずは08年北京五輪という大きなイベントへ向けて、競争はさらに激しくなりそうです。
 しかし、テレビ局はさまざまなメディアに取り囲まれて、その媒体力は弱まるばかりなのに・・・テレビはどんどん大きくなっていくのを横目に思わずため息をもらしてしまいました。

2006年11月16日

サービスとホスピタリティの違い

 ホスピタリティがビジネスのテーマとして注目されています。信州大学の山本哲士教授の講演を聴きました。サービスはマクドナルドで究極化されたマニュアル対応、ホスピタリティはひとりひとりに違った対応をする・・・山本教授は海外でのホテルの経験で説明します。喫茶ルームで喫煙しながら原稿を書いていると、いつのまにか吸殻がきれいになっている、灰皿をさりげなく取り替えるというホテルのホスピタリティに好印象を持ったといいます。しかし、後日同じ場所でこんどは、自分がタバコを吸っていると、横に灰皿を持った女性がつっ立っている、さも早く灰皿に吸殻を入れろとばかりに・・・与えられたルールを繰り返すだけのサービスとなってしまっていたと。
 20世紀はサービスの時代、日本中どこへ行って最低限のものを、よリ安く、より多くの人へ、21世紀はホスピタリティの時代、最高の物を、限定した人を対象に、高い単価で提供することがトレンドとなると話されています。
 ダイムラークライスラーがマイバッハという車を復活させたことを例に上げています。一台約5000万円、商談は1日1人のみ、商談に入るのも600万円の前金が必要で、世界9000人という限定した金持ちのみをマーケットにしています。顧客のあらゆる要望にあわせ車を作り上げ、生涯にわたるケアがあるといいます。
 このマイバッハの例はすこしイメージに遠い感じがしますが、サービスとホスピタリティの違い、お客との向き合う姿勢の変化は、日本で失われた相手を思いやるという価値喪失があるから、それが付加価値として評価されてきているのかもしれませんね。

2006年11月15日

雲仙・島原への思いと小林甚製麺

 技術の力で地域おこしをしたいー小林甚製麺の小林専務が話されました。
 雲仙普賢岳噴火から16年になろうとしています。その雲仙普賢岳を源流とする銘水が豊富な島原地区は手延べそうめんの一大産地です。ピークで大小約500を数える業者が集積していたのが、消費量の減少や産地表示問題などもあり、3分の1程度になったと聞きます。
 そんな中、老舗の小林甚製麺が地元の話題づくりにとラーメンの新製品を作りました。そうめん業者はお盆前までの夏の時期に販売が集中しますが、それ以降の時期はそうめんの仕込み時期となり、経営的にはお金が入らない時期。この時期に販売ができる商品をと、健康志向のラーメン新製品の製作に乗り出しました。その名は「地獄ラーメン」、観光地の雲仙地獄から取りました。唐辛子を練りこんだ赤い麺、スープは赤い色のミソベース、ラーメンの販売が話題を生み、人を雲仙へと向かうきっかけになればと考えています。そして、収益を上げて、さらにより良いそうめんづくりへと取り組みたい・・・麺づくりの技術でふるさと復興に一役買いたいとしています。 

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