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2007年11月25日

スマートエイジングへ学習療法を

要介護の高齢者に簡単な読み書き・計算の学習療法がもたらす「経済効果」を、介護保険費用の削減という視点から試算すると、一人当たり年間約10万円(介護保険支給額抑制分約9万円、同個人負担抑制分約1万円)と試算できますー東北大学・川島隆太教授が大川市での学習療法実践研究発表会(主催 社会福祉法人道海永寿会)で話をされました。
大川市の永寿園で6年前に始まった簡単な読み書き・計算による学習療法は、現在全国670の施設で導入されています。(うち九州は180施設)昨年オーストラリアの国際認知症ケア学会で、山崎園長が、学習療法による利用者のADL(日常生活動作)の改善などについて発表し、「参加者の反応が自分たちの予想をはるかに超えて、興奮しているので驚いている」(主催者)と言わしめるほど、その成果は世界からも注目を集めています。
研究発表会では、永寿園や、ほか九州での導入施設での事例報告が行われました。
総括で、川島教授は、脳の可塑性、脳の壊れた機能は適切なリハビリで取り戻すことができることと、
簡単な読み書き・計算や、スタッフとのコミュニケーションがその方法となりうると、これまでの取り組みの成果を確認。さらに、学習という手段を通して利用者と向き合う時間を持つ介護スタッフが、施設介護での目標とされる「個への対応」への可能性、突破口を見出し、それが施設全体のサービスの向上へとつながっていることを強調されていました。
アンチエイジングという言葉がありますが、加齢は悪いことではありません。より良く年をとること、ポジティブな生き方をしてもらう・・・私はスマートエイジングという言葉を使っていますー川島教授は、スマートエイジングの手法としての学習療法を、今後、国へもその成果を訴え、さらなる普及をはかりたいと話していました。

2007年11月13日

知らされない遺族 黒塗りのいじめ自殺記録

福岡県筑前町で昨年10月、三輪中2年の森啓祐君=当時(13)=がいじめを苦に自殺した問題で、福岡法務局は、個人情報保護法に基づき遺族が公開申請していた調査記録を部分開示しました。 開示対象は人権侵犯記録と題する計441枚分でしたが、開示されれば調査の遂行に支障が出る恐れがあるとの理由から、遺族からの聴取部分を除き、約9割が黒塗りでした。
開示後、記者会見したお父さんの順二さんは「もう少し踏み込んだものが出てくるかと思ったが、がっかりした」、お母さんの美加さんは「遺族が何も知らされない現状がいまだにあることが残念」と話しています。
この事件後で、三輪中のある親が、私たちはマスコミや、興味本位で騒ぎ立てる周りの人から、自分たちの子どもたちを守るために、学校と一緒に戦ったと言われていることを聞きました。確かにマスコミの取材・報道には問題が少なくないことはよくわかります。しかし、学校と親は子どもたちを守り切れたと今言えるのでしょうか。
9割が黒塗りの記録を開示された森君の遺族は、一周忌を過ぎても未だに自分の子どもがどのような状況の中で死に至ったのかをきちんと知ることができないでいます。
もう落ち着いて事実と向き合いことができるのではないでしょうか。悲劇を繰り返さないために知りたくない事実もしっかりと目を開けて見ないといけないのではないでしょうか。子どもたちの心の片隅に黒塗りの記憶を作ることですべてを終わることができるのでしょうか?

2007年11月12日

特攻は志願にあらず

特攻は志願にあらずが生涯のテーマだったー評論家の佐高信さんが福岡市での講演で、3月に亡くなった城山三郎さんのことを語りました。
城山さんは、戦争中に鼓舞された「大義」を信じ、徴兵猶予となる理科系の学校にわざわざ退学届けを出して、17歳で海軍に志願します。しかし、そこでは、自分たちはイモのつるを食べさせられる粗食に対し、上官たちは贅沢な食事を余らせごみ箱にすてるような飽食、夜は叩き起こされ精神注入、こん棒でで殴られ、牛馬のごとくの生活、いや牛馬はまだ夜眠ることが出来ると言わしめる生活を送り、指導者への不信感を募らせたといいます。 
そして、自分は「志願」したと思ったが、あれは志願ではなかった。言論の自由のない当時の社会や国が「強制」したのだという結論に至り、城山さんは、戦争で得たものは憲法だけだと言い残しました。佐高さんは、護憲の旗を掲げ続けることが城山さんの遺言と話していました。

2007年11月11日

人権問題学習ーあってもいい違い

総合的な学習の時間で人権学習が行われたと娘の中学校からの学年通信に報告がありました。
あってもいい違いと、あってはいけない違いについて考えるというものでした。
そのうちのひとつにこんな設問がありました。
Aさんは、中学校卒業後働いているが、Bさんは高校へ通っている。
多くの人が高校は義務教育だからあってもいい違いと回答したそうですが、Aさんが本当は高校に行きたかったのだけれど、経済的な理由で進学できなかったすれば、△または×ではないかという意見が出されたそうです。
もうひとつ。両親は妹に食事の後片付けを言いるけるが、兄には言わないという設問。あってはならないという回答が多い中で、「女の子だからというならあってはいけない違いだけど、今、兄は受験などでできないので、あなたがしてというならあってはいい違い」という回答もあったということです。
あってもいい回答の違い・・・こうした学びこそ価値があると思います。

2007年11月10日

車の安全を追求する・・・

次世代カーであまり安全を突き詰めると、電車みないな公共交通機関と同じになってしまう、車を運転する楽しさとどう両立させるかがポイントー今週の九州経済NOWは、九州発次世代カーの姿を追いかける特集で、福岡大学の居城教授が話されました。
番組では、九州工業大とJARI日本自動車研究所の共同研究を紹介。車載カメラで録画した画像データを大量に集めて、事故になったケースと事故を回避したケースを分類しておき、実際の運転のときに事故につながる危険性が高まったらドライバーに注意を促すというシステムを構築しようとしています。
交通安全というとこんな話を思い出します。
交互通行するのがぎりぎりの狭い道で、中央に線を引いているのと、引いていないのとでは、引いていない方が接触事故が少ないということを聞いたことがあります。中央の線がないと、互いに気をつけて走らないといけないという気持ちが働くのでしょう。
また、停電で信号が点かなくなっているとこの方が、譲り合って優しい運転をしているというケースは何度も見ています。
道を譲ってくれてありがとうと、目と目でドライバーが合図しあうような瞬間は運転していも楽しいと思えます。技術による安全とともに、人と人とで作る安全という要素もあります。
完全に安全を追求するならレールの上を走る車を・・・確かにおもしろくないですね。

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