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2009年12月27日

M-1の漫才と間

「間」許容せぬTV漫才ーTVコラムニストのナンシー下関さんが、毎日新聞12月27日紙面で、M-1グランプリを取り上げていた。
M-1は漫才の実力を証明するコンテストとして、ステイタスを確立しています。
4分間で、持ちネタを、言葉の速射砲のごとく発し続けるのは見事で、私も他系列の番組ながらいつも楽しみにしています。
しかし、ここ数年、見ていてなんとなく違和感を感じ、時間内に無理やりネタを押し込む漫才が繰り返されることで、決勝になると、なんとなく笑えない自分がいることに気になってました。
そこに、新聞のコラムが回答を与えてくれました。ナンシー下関さんは、限られた時間でウケる芸風が求められる「M-1に代表されるテレビ漫才は刺激的なズレだけで、『間』を許容しない面がある」と指摘されています。
テレビは、視聴者にチャンネルを変えられてしまう「間」をなるべくなくし、次から次へと視聴者を刺激する映像などを送り込まざるを得ない媒体となってしまっています。その特性を、M-1はそのまま反映しているようです。
他のお笑い番組でもショートコントスタイルが主流になってしまってますが、ちょっとした「間」にこそ、話し手の個性があるのではないか・・・「間」こそ話芸の命とあらためて思いました。

2009年12月26日

京都妙心寺展ー禅文化の粋

開山無相大師六五〇年遠諱記念特別展「京都妙心寺 禅の至宝と九州・琉球」の開会式が九州国立博物館でありました。
大本山妙心寺は、建武4年1337年に花園法皇が無相大師を開山に迎え、京都・洛西に離宮を禅寺にあらためたのが始まりです。その後、公家や武家などさまざまな階層から帰依と庇護を受けて隆盛し、臨済宗諸派最大となりました。
2009年は、妙心寺開山・無相大師の650年遠諱大法要が営まれました。これを機会に大本山妙心寺と塔頭寺院、そして九州・沖縄からも所蔵品の数々を展示し、6世紀半以上の歴史を有する妙心寺派の禅文化と歴史を紹介しようというものです。
私が面白いと思ったのが、退蔵院の国宝に指定されている『瓢鮎図』。この絵は山水画の始祖といわれている如拙が、足利義持の命により描いた現存する作品の中で最高傑作といわれています。
「ただでさえ捕まえにくい鯰を、こともあろうに瓢箪で捕まえようとする。」この矛盾をどう解決するかという禅問答の画に、将軍義持は当時の京都五山の禅僧31人に参詩を書かせ、高僧連が頭をひねった回答を連ねています。
『瓢箪で鮎を押さえつけるとは、なかなかうまいやり方だ。もっとうまくやろうなら、瓢箪に油をぬっておくがよい』
『瓢箪でおさえた鮎でもって、吸い物を作ろう。ご飯がなけりゃ、砂でもすくって炊こうではないか。』
会場には禅問答など禅文化理解のカードが置かれていて、家族連れで楽しめる内容となています。妙心寺派の福岡市・聖福寺や久留米市・梅林寺をはじめ沖縄からも出展が九州国立博物館ならではのこだわりで、国宝4件、重要文化財35件を含む計124件が公開され、期間中5回の展示替えがあります。
「京都妙心寺 禅の至宝と九州・琉球」は九州国立博物で2月28日まで開催です。

2009年12月25日

フリーゲージトレイン270キロ記録

列車の車輪の間隔を変えることでレール間の幅が異なる新幹線と在来線を直通運転できるフリーゲージトレインの試験車両が24日未明、九州新幹線・川内―新水俣間で時速270キロを記録しました。
24日深夜0時30分、川内駅で鉄道・運輸機構の担当者から説明を受け、駅ホームで報道カメラが並ぶ中、試験車両が静かに入ってきました。午前2時ごろの川内駅北側の第3紫尾山トンネル付近で達成したという270キロの走行の様子を見ることは出来ませんでしたが、7月末からこの区間で重ねてきた試験がひとつの節目を迎えました。
フリーゲージトレインは、2018年をめどに開業予定の九州新幹線・西九州ルート(長崎新幹線)で導入される計画で、九州新幹線での試験では、残る在来線の急カーブを高速で曲がるには課題について、来年度、台車部分を軽量化し、在来線での試験を改めて行う予定ということです。
来年度政府予算案では国土交通省の要望通り18億円が「満額」認められましたが、事業仕分けのときに、技術開発を続けるかどうかということが議論に上がっており、長崎新幹線の行方に影響を与えそうです。
新幹線という最短距離を速く走らせるべきものを急カーブの路線で走らせる・・・大変なことにチャレンジしているのですね。

2009年12月23日

奥野正男先生「邪馬台国はここだ」

奥野正男先生の30年の邪馬台国研究の集大成となる著作集Ⅰ(全五巻)『邪馬台国はここだー吉野ヶ里はヒミコの居城』が発刊されました。
奥野先生は、『季刊邪馬台国』の創刊一周年記念論文で最優秀賞を受賞、安本美典編集長が「鉄と鏡についての圧倒的なデータの示し方は、当初から完全にプロであった」と評しています。その後、邪馬台国九州説を唱えて、多くの著作を出され、そうした研究成果が認められ、宮崎公立大学教授に。さらに、旧石器捏造事件を扱った『神々の汚れた手』で2004年毎日出版文化賞を受賞されています。
奥野先生は、邪馬台国の謎解きにおいて、科学的な視点を大事にされています。邪馬台国の場所を特定の場所にするために資料を勝手に読み替えたり、神話から歴史の推論を立てることの問題を指摘されてきました。さらに、三角縁神獣鏡が中国からもたらされた物という邪馬台国畿内説の主たる論に、中国からも、韓国からも出土しておらず、国内製造されたものという重要な反論を打ち立てました。この反論は、考古学会での通説に反論するという大変な力に対峙する、われわれ素人では想像も及ばない圧力のかかる仕事であったようです。
また、こうした姿勢は、『神々の汚れた手』にも表れ、勇気ある告発は、閉ざされた考古学会への警鐘となる一方、さまざまな反発を一手に受けることになってしまったことは大変気の毒でなりません。
奥野先生の業績は、まさに今後さらに歴史が評価することになると思いますが、渾身の研究成果の集大成となる著作集は、今巻き起こる「纏向遺跡の畿内説」に対し、雄弁に語る九州説の熱い思いがあると思います。

奥野正男著作集Ⅰ 邪馬台国はここだー吉野ヶ里はヒミコの居城ー(梓書院)

2009年12月21日

「大原合戦図屏風」合戦地に贈呈

650年前の1359年、小郡市を主戦場とする日本三大合戦のひとつと数えられる大原合戦が行われました。当時の軍事物『太平記』に描かれ全国的に著名な戦いとなりました。
後醍醐天皇の皇子である征西将軍懐良親王と菊地武光を中心とする南朝方と、少弐頼尚を中心とした北朝による中世の九州最大の戦いで、両軍合わせると10万の兵が激突したといわれます。この戦いから、親王が陣を張った「宮の陣」、太刀を洗った「大刀洗」という地名が今でも残ります。
さて、この戦いの場面を描いた貴重な資料『大原合戦図屏風』が、このほどふるさとに役立てればと寄贈されました。寄贈したのは、郷土史家として著名な故・柳勇氏のご家族です。
屏風は、菊地武光を中心とした南朝方が、逃げる北朝方の兵士を追っている場面で、縦155cm、横233cm、六つ折の大型のもの。作者は、熊本県出身の馬と武者絵の画家といわれる甲斐英雄氏で、大正から昭和初期に描かれ、美術品として価値の高いものです。
福岡市在住の今年は650周年で、小郡市と大刀洗町でさまざまなイベントを行ったことがきっかけとなりました。大原合戦は、戦いの歴史的な資料がほとんどなく、大きな合戦といわれながら、なかなか現代から当時の様子を想像する手立てがありません。今回寄贈された合戦図は定期的に公開されるということで、南北朝からの現代への時間をつなぐ役割は大きいと思います。

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