太宰府と坂本龍馬
太宰府が明治維新策源地だったー太宰府天満宮宝物殿で太宰府幕末展が、今行われています。
京都御所の禁門(蛤御門)で薩摩・会津・桑名、各藩連合と合戦し敗れた長州は、「朝敵」となり、幕府による第一次長州征伐が始まります。四国艦隊下関砲撃事件で敗北していた長州藩は、幕府に恭順の意を表し、屈服しました。長州の処分を委ねられた西郷隆盛は、討幕派の五卿(三条実美・三条西季知・四条隆謌・東久世通禧・壬生基修)を太宰府お預けとし、長州諸隊の解散を決めました。
しかし、「このまま苦境に立つ長州を見捨てることは、維新回天の大事業から長州を脱落させることになる」と、鹿児島では、土佐の中岡慎太郎・土方久元、福岡の月形洗蔵、坂本龍馬らが一致。そこで、出た奇策が「薩長同盟」という和解案でした。
龍馬は、慶応元年5月16日、鹿児島を発って、23日太宰府に到着。五卿に薩長同盟の許しを得て、維新への道の始まりでした。そして、太宰府から長州下関へ行き、桂小五郎と会談、薩長同盟が成立します。
その後、五卿のもとへは、西郷隆盛・高杉晋作・中岡慎太郎・伊藤博文・木戸孝允・大山巌、そして坂本龍馬が、太宰府で集い、維新の密議を重ねたというものです。
五卿は延寿王院に三年間滞在しました。
大政奉還により京に戻ることになった五卿たちは、それぞれ衣装や刀剣などを奉納し、特に三条実美は色々威具足をはじめ、短刀村正・菊花文蒔絵鞍・鐙・軍扇などを寄進しました。その品々は現在も天満宮に伝えられており、その縁ある宝物が展示されています。龍馬ファンも必見では?
太宰府天満宮宝物殿 季報vol.123から












