【熊本地震から10年】“震災の爪痕”あえて残す益城町の遺構 福岡県内では防災考えるイベント

2026/04/14 (火) 16:30

観測史上初めて、震度7を2度にわたり記録した熊本地震。関連死を含めて死者278人。被災した住宅は20万棟を超えるなど甚大な被害が出ました。最初に震度7を観測した「前震」から4月14日で丸10年。

被災者
「聞いたことがないくらいの大きい音と、食器がどんどん割れている音が響き渡って、何が起きているのだろう?という状況でした」

節目の年。北九州市では、市民100人が参加する防災イベントが開催されました。テーマは「みんなで学び合うこれからの防災」。地震を体験した人や支援に関わった人の経験をもとに、避難生活や防災について意見交換し「もしもの時」に備えます。

参加者
「備えが大切だと痛感しました」
「家具の固定など、普段の心がけをちゃんとしないといけないと思いました」
「全く目が見えないので、道路が寸断、家の中がめちゃくちゃになったら無理だと言われたこともあるが、人の力を借りて何とかしようと思いました」

被災から時間が経つにつれ課題となるのは「記憶」の継承です。今回のイベントでは熊本地震の揺れを再現できる「地震体験車」を用いて当時の体験を伝えました。

「揺れが来た時にどういう風に対応していいの分からない。すごくゆれたのでびっくりしました。段々記憶は薄れてゆくので体験をして災害に備えるのは大事だと思いました」

一方、被災地には記憶を次世代に伝えようと震災の爪痕を今なお、あえて残している場所があります。熊本県中央部に位置する益城町。のどかな田園風景と住宅街が広がる穏やかな町です。この町では10年前、関連死を含め45人が死亡し町内の家屋のうち実に98%が被災。当時の町民の半数近くに及ぶ1万6000人が避難を余儀なくされるなど壊滅的な被害が出ました。現在、道路や住宅は整備され町はかつての日常を取り戻しているようにも見えます。益城町で農業を営む永田さん。10年前、自宅にいたところ被災し、家族を含めけがはなかったものの家屋は全壊しました。

益城町の農家 永田忠幸さん
「畑に段差ができて、水路がダメになり、川の勾配・傾きが変わって水がこの地域にほとんど来なくなりました。5年間は農業できない状態になりました」

その畑には、今なお、震災の傷跡が残っています。

「畑と畑の間を“あぜ道”と言います。本来まっすぐだがクランク状になっています」

もともと真っ直ぐだったあぜ道が、地震の影響で大きくズレており、その揺れの強さを物語っています。永田さんは、あえてこの跡を残しています。

「小学5年生以下は熊本地震を体験していない子どもたちです。熊本で大きな災害が起きたのを伝えるための場所です」

この場所は震災遺構として、国の天然記念物に指定。近くには見学のために駐車場も整備されました。永田さんは、自身の経験を生かしこの地を訪れる修学旅行生などに向け、語り部として当時の体験を伝えています。

「地震が起きた出来事は変えようがないです。その出来事をどう捉えて、その経験をどう生かして、そしてどうこれからの未来に生かしていくのか。これからどう生きていくのかを考えてもらえればうれしいです」

あれから10年。震災の記憶と教訓をどう伝え、生していくかが問われています。

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