九州北部豪雨から8年 被災地の今は

2025/07/04 (金) 16:30

九州北部豪雨から8年。年月とともに災害の記憶が薄れつつある中被災地では今も暮らしが戻らない地区があります。残された人たちの思いを取材しました。

2017年線状降水帯による記録的な豪雨で筑後川水系の赤谷川が氾濫。堤防は決壊し山崩れによる流木が甚大な被害を及ぼしました。この豪雨で朝倉市や東峰村を中心に死者・行方不明者は合わせて42人に上りました。

その後、防災インフラの整備が進められてきましたが8年が経った今も暮らしが戻らない地区があります。かつては100人以上が暮らしていた旧小河内地区。夏には盆祭りが開かれ住民が集まりにぎわいました。豪雨前には17世帯50人にまで減り、現在は2世帯だけが残っています。地域の担い手が減ったことで行政的な区分けでもある町内会はすでに解散しています。

記者
「九州北部豪雨を受けて建設された砂防ダムです。このダムの建設地の中に集落のほとんどがあったため住民は戻りたくても戻れない状況となりました」

砂防ダム建設のため旧小河内地区の土地がなくなり、家の再建が困難になったのです。

砂防ダムの建設地のすぐそばでなんとか家が残った小川さん。今もここで暮らしています。3年前、小川さんは、生まれ育った地区が解散し元の生活に戻れない悲しさを語っていました。

被災から8年、ようやく用水路に水を引くことができるようになり先月、小川さんは田植えを済ませました。しかし用水路は完全には機能していません。沢からの水に土砂が混じり田んぼに水を流す入り口で詰まってしまうのです。

そして地域とのつながりも。ここは被災から1年後に閉校した松末小学校です。

144年の歴史に幕を閉じた日、住民たちは夜空にランタンを飛ばし、たくさんの思い出を作ってくれた母校、そして豪雨で失われた命に思いを込めました。その校舎が今年新たな役割を担い始めました。

被災した校舎を地域のコミュニティーセンターとして活用。松末に暮らす住民の交流の場として再生しています。また九州北部豪雨の記録を展示し次の世代に伝えるための学習スペースも設けられました。建物には144年に渡る卒業生の写真も飾られています。

一方で地域には課題もあります。

松末地域コミュニティ協議会 高倉会長
「なかなか若い人がいないというのが現実です」

住民の高齢化が進み施設の運営を担う人材の確保が難しくなっています。小川さんも隣の町内会に参加し地域のために活動しています。

九州北部豪雨から8年。暮らしの再建が進む一方で、地域を支える人が少しずつ減っているという現実。この地域の先行きは、まだはっきりと見通せているわけではありません。

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